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向後: 本日は、セラピストの吉福伸逸さんをお迎えして、セラピーの考え方全般と、それから、吉福さんがとりくまれている統合失調症などの、いわゆる治癒が困難と言われている疾患に対するアプローチについてお聞きしたいと思います。
吉福さん、よろしくお願いします。
吉福: はい、それじゃあ、はじめましょうか。
今、向後さんが言われたことなんだけど、自分の経験をベースとして言えば、たとえば統合失調症に対して、なにができて、どうすれば、その当人自身が内なる解離を強く感じて、焦燥感の中で生き続けると言うことから解放するということは、可能だと思いますね。
しかし、解放することによって、社会の要請にこたえるような人間になるのかどうか、あるいは、社会の要請にこたえることに意味を感じるような人間になるのかどうかについては、僕は、あのー目を向けていないんです。そういうことに目を向ける必要性を、僕は感じておりませんので。
向後: いきなり、過激ですねー。(笑)
セラピーを、その前提で、進めていくということですね。
吉福: その前提で考えていかないと難しいと思うんですね。
向後さんも経験なさっていると思うのですが、セラピーの全体的な傾向というのは、二段階あると考えていただければいいと思うんですね。
ひとつは、社会の要請に機能できなくなって自らが激しい苦しみの中にいる人が、社会の要請にこたえられる状態になること。
ということは、社会のルールにのっとって、社会的に機能するような状態になることを社会が要請しているわけですよ。
精神的な問題を抱えている人たちに対して。
その要請があるために、問題を抱えている人たちは、その要請にこたえようとしているわけですよね。
だから、セラピストやカウンセラーのところに来たりするわけですよね。
だけど、それでいいんだろうかという疑問が、僕の根っこの中にあるんですよね。
向後: そうですね。
たとえば休職している人を職場復帰させるとか、ひきこもりの子を学校に返すとか・・。
吉福:そうですね。それはさ、アルコール依存にせよ、薬物依存にせよその他の精神疾患にせよ、結局そうですよね。それはさ、社会の要請がそうだからこそ、その中で苦しんでいる当人が、その要請にこたえようとして、苦しみを抱えて行って、症状そのものがさらにひどくなっていくという状況があると思うんです。
ですから、僕なんかは、社会の要請をいったん横に置いておいておきましょうよと思うんです。それが、もうひとつの段階のセラピーですね。
向後: そうですね。
吉福: そういうもんですよね。
社会からの要請と言うものを横に置いておくと、人間が本来抱えている分離解離が浮き彫りになると考えているんですね。人間と言うのは、分離しているものじゃないですか。
向後: いろいろ分離していますね。
吉福: まず最初に、新生児として生まれて、母と一体化している状態と言うのは、きわめて短いですよね。その後に、母と自分の間に分離があって、自分と他人との間に境界線があるということに気づくということは、子供にとっては、誕生時の苦しみに勝るとも劣らない一種の巨大な、なんて言うんですか、大惨事なんですよね。わかりますよね?
向後: わかります。
吉福: だからこそ、我々は、その後、自我と呼ばれるようなものを発達させて、分離にこたえる仮面をかぶっていくわけです。
そのことが、人間の中に激しい分裂を固定化させて、それにはたと気づいた人たちが、精神的におかしくなっていくし・・。
自分が気付かないままだったらいいんだけれど・・。
気がついてしまいますと、その分離を何とかしようとすると、要するに社会から見ると、反社会的な行動に走る方向すらも見られてしまうわけですね。
ただただとじこもりというか、なんといいましたっけ・・。
向後: ひきこもりですか?
吉福: そうそう、ひきこもり。
ひきこもりという状態なら、もう僕はやっぱりその方々が、今言ったようなことを理解しているのかどうかわからないけれど、根源的な分離に対する感触ですよ。
僕は、私は、社会の要請にこたえられない。わかりますかね?
向後: わかります。社会からの分離ですね。
吉福: それは、アクティングアウトのひとつの形態なんですよ。僕は、非常にそのマイルドでやさしい気弱な反応なんだと思うんですけど。そのためにひきこもりと言う形が存在しているんだと思うんですがね。それが逆に出て行ってより激しく外に向かう場合もあると思いますけど。
向後: 反社会的な反応ですね。
吉福: そう、反社会的なね。
犯罪なんていうと、すぐその背景に精神障害がほのめかされたりするんですけど。裁判所なんかでもよく言われていますよね。
精神的におかしいと犯罪者が、罪に問われないってことあるじゃないですか。
向後: 心神喪失状態とか。
吉福: そうそう心神喪失状態。
僕は、もうなにか犯罪が起こるたびに精神的な問題が背景にあるなんて言われるたびに、「あー、またこれで、社会そのものに、精神的な障害というのが反社会的なもので、犯罪で、罰せられる対象であるかのように扱われている」と思ってしまうんです。
向後: みなさん「そういうつもりではない」と説明されるのですが、今、吉福さんがおっしゃったような誤解(精神的な障害というのが反社会的なもので、犯罪で、罰せられる対象であるかのような誤解)のもとにテレビなんかの報道を見られている方はいらっしゃるでしょうね。それは、問題ですね。
吉福: 僕は、それをなんとか変えたいと思うんですよね。
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